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十二国記二次創作                 **原作者・出版社とは一切関係はありません**

71. 帰城                           陽子、祥瓊、鈴、景麒

禁門に近づくにつれて、数人の姿があるのが目に止まった。
多分鈴と祥瓊だろうと陽子は推測する。そしてその隣にいるのは景麒か。
せっかく雁まで迎えに来てくれた半身を結局は先に国に戻らせてしまったことがずっと気にかかっていた。
あの状態ではどうしようもなかったのだと何度も自分を正当化しようと試みたけど、やはり胸に残る罪悪感は消せない。
まったく恩を仇で返すようなひどいことをしてしまったよなと陽子は改めて自分のしたことを悔いる。
けれど延王と一夜を共にすると決めた時点で、その間景麒がじっと自分を待っているなんて耐えられなかったのだ。

そんなことを考えながら目を凝らしているうちに見なれた顔ぶれがはっきりしてきた。
日の光をはじく金髪から長身の一人はやはり景麒だとわかる。
相変わらずの仏頂面でこの上なく不機嫌そうに見えるけど、まあこうして迎えに出てくれているということは、自分が恐れているほど怒ってないのかもしれないなと陽子は楽観的に考える。
いっそ景麒が面と向かって糾弾してくれれば謝るきっかけにもなろうが、陽子の予想ではきっと無言で非難めいた眼差しを向けるか、特大の溜め息を吐くかのどちらかに違いない。
こちらに全面的な非がある以上、謝る他に方法はないと分かっているけど、あの無表情を相手にしなければならないと思うとものすごく気が重い。
せめてもの救いはこの場に祥瓊と鈴が一緒にいてくれることだ。特に鈴は景麒との間のいい仲介役になってくれることだろう。

久しぶりに目にする金波宮を上から見下ろしていると、自分がここから飛び立った日のことが思い出される。
ついこの間のことだ、不安と焦りに押し潰されそうになってこの禁門から飛び立ったのは。
あの時は抑えようのない焦燥感に胸が張り裂けそうだった。
そして今、自分が感じているこの感覚を一体どう表現したらいいのだろう。
ただの悲しみとは違う。空虚感とも虚脱感とも違う。現に今まで以上にしっかりと政務に取り込む気持ちはあると言い切れる。
ただ何か・・・、自分でも説明のできない何かが・・・確実に変わってしまったのだという思いがどこからか湧き上がってくる。
あれからまだ一月も経っていないと言うのに、自分の世界は一変してしまったと、体の奥の更に深いところで痛感しているような感覚…。
だからかもしれない、今はただこの目に映る見慣れた顔ぶれがこれほどにうれしい。例えそれが景麒の仏頂面だったとしてもだ。


驃騎が地面に降り立つと同時にその背から飛び降り、出迎えてくれたみんなに「ただいま」と挨拶する。
「こんなふうに出迎えられると、なんだか気後れするな」
照れ隠しに言った言葉が終わらないうちに、駆け寄ってきた鈴と祥瓊が「行くわよ」と陽子の手を取ってさっさと歩きだした。
「えっ、ちょっと!?」
戸惑いながら周りを見回すとこちらを見ている景麒と目が合った。
一体何がどうなっているのかと目で助けを求めてみたが、景麒にはそのままふいっと視線をそらされてしまう。
一日会ってなかっただけなのに、心なしかやつれているように見えるのは気のせいだろうか。
そして自分を見た眼差しには怒りよりも一抹の悲しみがあったように見える。
「ちょっ、鈴、祥瓊っ! 私は景麒に謝らないと…」
一応の抵抗はしてみたものの、「それはあとでよっ!!」と二人に声を揃えて言われてしまえばもう従うしかない。

ずんずんと引っ張られるまま、時々三人でお茶をする庭園の中の路亭に辿り着いた。
中に入って扉を後ろ手に閉めるなり、鈴と祥瓊が「それでっ!?」と聞いてくる。
そのあまりの勢いに陽子はたじろいでしまった。
「ちょっ…それでって…、怖いよ、二人して…」
「延王君とはどうなったの?」ずばりと核心を突かれて陽子は真っ赤になる。
「寝たの?」祥瓊の質問はいつでも直球型だ。
「そ、それは…」気迫に圧されて陽子はしどろもどろになる。
そんな陽子を見て「寝たのね」と祥瓊は断定したように言う。
その横で鈴が「景台補がお可哀そう…」と妙なことを口走る。
勝手に話を進めていく二人を相手に「ちょっ…、いい加減にしてくれ、一体何だっていうんだ!」とパニックを起こしかける。

「お願いだからどんどん先走らないでくれ。私も二人に相談したいことはある。でも、こんなんじゃどうしたらいいかわからない」
陽子が半分懇願するように言うと、鈴と祥瓊は互いに目を見合わせ、「悪かったわ」と肩をすくめてみせる。
「で?」
「えっと…。その…」
「はっきりしなさい。寝たのね?」
「え…っと…結果的には…まだ…、かな…」
「…まだ…、…なの…??」
祥瓊と鈴は思ってもなかった答えに怪訝そうに眉をしかめる。

「私も、実はよく理解できてないんだけど…」前置きをして陽子は話し始める。
「…多分、用意は整っていた、と思う…。その、わかるか、私の言っていること?」
赤面しながら上目づかいに見る陽子に、祥瓊と鈴はうんうんと頷く。
「私も覚悟は出来ていたし…、その…、状況的に結構その気だったりもしたんだけど…」
「けどっ!?」
身を乗り出して聞いてくる二人に多少の怖さを感じながらも陽子は続ける。
「最後の最後になって、延王が『やはり止めよう』って…。あれ程拍子抜けしたことはないよ」
ちょっと怒ったような、不貞腐れたような口調で陽子は言う。
実際あの時は「そんな!」と叫んでしまいそうだった。既に身体は熱く火照って、延王を迎え入れる準備は整っていたのだ。
そして相手も多分同じ状態だったと思うのだが…。

「やっぱりこれってからかわれたんだろうか? あの人ならやりかねないし…」
あるいは…と口にして思案する陽子は、きっとその時のことを思い出しているのかなんとも複雑な表情だ。
「私に女としての魅力を感じなかったのかな…、最後になって…」
「…それは…」
「…ないと思うけど…」
祥瓊も鈴も繊細な問題だけに何とも言いようがなく、二人して困ったように顔を見合わせる。
「でも…、延王さまは、その…準備は出来ていたのよね?」
鈴が顔を赤らめながらも率直に確認する。
「うん、それはもう確かだ。絶対に」
きっぱり言う陽子に、祥瓊も鈴も「きゃあ」とおぼこい少女のような反応をする。
「二人とも裸だったのよね?」
「う、うん、まあ、半裸っていうか…」
「その前には素肌を合わせていたのよね?」
「そ、そうだけど…」
二人の勢いに気圧されて、この会話はどこに行くのだと陽子が不審に思っていると、祥瓊も鈴も「はあっ」とうっとりとした溜め息をつく。

「延王様の裸…。さぞかし逞しかったでしょうねぇ…」
「そうそう、逞しいのにしなやかって言うか…」
「男の色気ってのが溢れ出ているって感じだものねぇ…」
「ああ、一体何人の女性があの身体に包まれたいと胸を焦がしていることやら…」
「あの胸に抱かれて…、あの声で囁かれて…、きっと逞しいであろう延王さ…」
放っておけば切りなく続きそうな二人の妄想に、陽子は「おいっ! ちょっと話題が逸れてきてないかっ」と歯止めをかける。
「今は延王の身体について話してるわけじゃないだろう? それに二人とも桓魋や虎嘯はどうしたんだ? あの二人だって延王に負けないぐらい男らしいいい身体をしてるじゃないか」
咎めるように言う陽子に、「そんなことわかってるわよ」と祥瓊と鈴はあっさり応える。
「でもだからと言って他の殿方の身体に目が行かないってことじゃないわよね」
うんうんと頷き合う二人。

「そうなのか? 私は…、楽俊といる時は他の男の身体なんて目にも入らなかったけどな…」
ぽつりと漏らされた言葉に一瞬沈黙が訪れる。
「陽子…」そう言って鈴が陽子の肩に手を回そうとすると「なーに言ってんのよ!」沈黙をかき消すように祥瓊の声が路亭に響き渡る。
「浩瀚様との艶夢を見たのは誰でしたっけ?」
「あら、そう言えばそうね…」鈴が思い出したように口に手をやる。
「あっ、あれはっ!」
あれは? 声をそろえて二人に問いつめられて陽子はうっと言葉に詰まる。
「あれは…、その…、不可抗力で…」
言い終わらないうちに声が消えかかる。
「夢だからってモノの数に入らないなんて都合のいい言い訳はなしよ」
例え女王に対してでも祥瓊は全く容赦がない。

「景台輔といるときも何とも思ったことはないの?」鈴が確認するように尋ねる。
「…なんでいつも景麒が出てくるんだ?? 本当に鈴は景麒贔屓だな…」
美しいことは美しいが、第一アイツに肉体美の話はなぁ…とぶつぶつ言いながらも、陽子は考える。
「まあ桓魋とか、剣の相手をしてもらってるときなんかに『鍛えられてて無駄のないいい体してるなあ』とか思ったりしたことはあるけど、でもそれは二人が延王のことを騒いでいるような感じじゃないしなあ…。うん、やっぱり他の人に目が行くことはなかったよ」
まあ、今回ちょっと延王さまのことは意識しちゃったけどね…、そう言って陽子は照れたように付け加える。

そして後日、この時何気なく言った自分の無防備な言葉を、城に戻った慶の女王は大いに悔むことになった…。


by otamachan12 | 2015-05-17 23:25 | 三人娘
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